第7編 利益計画における損益分岐点分析

目  次


	第1章 原価計算序論

第2章 原価とは
第1節 原価の本質
第2節 原価の諸概念
第3節 原価要素の分類
第3章 直接原価計算
第1節 意義
第2節 損益分岐点分析
第3節 直接原価計算による「損益計算書」

 従前の簿記は、過去および現在の数値を企業情報として提供することにより成立しています。
 しかしながら、現代の簿記が、社会から強く要請されている課題の一つに、「利益計画」の問題があります。
 すなわち、簿記の諸目的のひとつである「経営の意思決定に必要な将来の利益計画のデ―タを提供しようとする課題」が注目されているのです。
 直接原価計算を基礎とする損益分岐点分析(CVP分析)は、その有力な解法のひとつです。
 ここでは、その考え方の一端を紹介しておきます。


第1章 原価計算序論

(1)
 さて、原価計算とは、基本的には「工業簿記」に固有の生産過程における財の変化を計算するものです。原価計算は、産業革命の一産物であるといわれ、近代的な工場制度において、製品を製造するために実際に消費された原価を測定し、計算する技法として、1870年ごろのイギリスで誕生しました。
ただし、当初の原価計算は複式簿記による会計機構とは結び付かずに、消費原価の測定のため工場のエンジニアによって行われていました。これが本社の一般会計と結合されて「制度としての原価計算」となっていったのが、工業簿記における「原価会計」です。したがって、「工業簿記=財務会計+原価会計」と書き表すことができます。

(2)原価計算基準
昭和37年11月に、大蔵省企業会計審議会が、原価計算の慣行のうちから一般に公正妥当と認められるところを要約して設定したものが、「原価計算基準」です。この原価計算基準は、「企業会計原則」の一環を成し、原価計算に関する実践規範として機能しています。

(3) 原価計算の目的
原価計算の目的は、「原価計算基準」によれば、次の五つが挙げられます。
イ、公表財務諸表作成目的
ロ、価格計算目的
ハ、原価管理目的
ニ、予算編成・統制目的
ホ、経営意思決定目的

イ、公表財務諸表作成目的
 企業外部の利害関係者に対して報告する公表財務諸表の作成にあたり、原価計算は重要な情報を提供することとなります。具体的には、損益計算書における製品売上原価、および貸借対照表における製品・仕掛品などの棚卸資産の計算は、原価計算に依っています。したがって、原価計算の不可欠の目的として公表財務諸表作成目的が挙げられます。

ロ、価格計算目的
 製品の販売価格を決定するために必要な原価資料の提供こそが、価格計算の目的です。原価計算の原初的な目的であるこの製品価格の計算は、現在においても、企業の基本的な計画や予算編成過程に重要な情報を提供することとなります。実際原価計算はもちろんのこと、特殊原価調査または直接原価計算によるCVP分析などが役立つ資料を提供しています。

ハ、原価管理目的
 企業努力としての生産の合理化・コスト節減は、経営管理者に対して原価管理に必要な原価資料を提供することから始められます。原価管理は、原価の標準を設定・指示し、原価の実際発生額との比較による差異の原因を分析し、原価資料を経営管理者に提供することによって、結果、生産能率の増進が図られます。原価管理目的には標準原価計算制度が採られます。

ニ、予算編成・統制目的
 大綱的な利益計画に基づき、業務執行に関する総合的な期間計画である予算を編成すること、ならびに予算と実績とを比較衡量して、原価部門の業績評価や部門の活動の管理をする予算統制に必要な原価資料を提供します。直接原価計算制度が、予算目的に有用な情報を提供することができます。

ホ、経営意思決定目的
 経営の基本計画を設定する経営意思決定に必要な各種の原価資料を提供することも原価計算の目的であって、管理会計と結合した特殊原価調査がその任に適しています。

(4)原価計算の種類

 原価計算は、一般的に、次のように分類されます。

 財務会計との関係を基準として、「制度としての原価計算」と「特殊原価調査」とに分類されます。
 原価の対象範囲を基準として、「全部原価計算」と「部分原価計算」に分類されます。部分原価計算のうちもっとも代表的な原価計算が、「直接原価計算」です。
 原価の計算基準により、「実際原価計算」と「標準原価計算」とに分けることができます。
 原価の製品別計算方法により、「個別原価計算」と「総合原価計算」に分類されます。
 さらに、総合原価計算は、製品の種類により、単純総合原価計算、等級別総合原価計算、組別総合原価計算に分けられ、その他、連産品計算に細分されます。
 また総合原価計算は、生産工程の数により、それぞれが、単一工程総合原価計算と工程別総合原価計算とに分けられます。
 なお、個別原価計算は、部門別計算をしないかするかにより、単純個別原価計算と部門別個別原価計算とに分けられます。

以上の分類をまとめると次表のようになります。


第2章 原価とは

第1節 原価の本質

(1) 一般的原価
 原価の概念は、原価計算の目的・範囲が制度としての原価計算から特殊原価調査までを包摂し多岐にわたっているため、アメリカ会計学会は「一般的原価」として「原価とは、特定目的達成のために、断念することであり、それは貨幣によって測定され、すでに支出されたか、または、支出されるであろう機会をもつものである」と定義しています。
*アメリカ会計学会1951年度原価概念および基準委員会報告書(Report of the 1951 Committee on Cost Concepts and Standards)

(2) 原価計算基準による原価の本質
原価計算基準では、「原価とは、経営における一定の給付にかかわらせて、把握された財貨又は用役の消費を、貨幣価値的に表したものである」と定義しています。その上で、次の四つの条件を指摘しています。

原価の4条件
  • 原価は、生産に必要な経済価値の消費である。
  • 原価は、一定の給付、つまり最終給付である「製品」や中間給付である「仕掛品」に転嫁される価値である。
  • 原価は、生産および販売という経営目的に関連したものである。したがって、生産と販売以外の活動としての財務活動から発生する価値の消費は、原価に含まれない。
  • 原価は、正常な経営活動の状態で発生した正常な価値の消費額である。したがって、異常な原因によって生じた価値の減少である異常仕損費は非原価となる。


第2節 原価の諸概念

(1)実際原価と標準原価−略−

(2)製品原価と期間原価

  原価は、財務諸表における収益との対応関係により、イ、製品原価とロ、期間原価に区別されます。

イ、製品原価
 製品原価とは、一定単位の製品に集計された原価をいいます。
 通常、売上品および棚卸資産価額を構成する全部製造原価を製品原価とします。

ロ、期間原価
 期間原価とは、一定期間における発生額を収益と対応させて把握したものです。
 通常、販売費および一般管理費を期間原価とします。

(3) 全部原価と部分原価

 原価は、集計される原価の範囲によりイ、全部原価とロ、部分原価とに区別されます。

イ、全部原価
 全部原価とは、一定の給付に対して生ずる全部の原価を集計したものです。すなわち、全部の製造原価で製品原価を計算する全部原価といい、さらに販売費および一般管理費をも加算・集計したものを総原価(全部原価)といいます。

ロ、部分原価
 部分原価とは一定の基準に従い一部分の原価のみを集計したものであって、各種のものが考えられますが、原価計算制度においてもっとも重要な部分原価は直接原価(変動原価)です。変動費のみで製品原価を計算する直接原価計算では、変動製造原価が製品原価となり、固定製造原価が期間原価となります。

*次の表は、総原価の構成図とよばれるものです。


第3節 原価要素の分類

 原価要素は、製造原価要素と販売費および一般管理費の要素に分類されます。
 製造原価要素を分類する基準は、次の通りです。

(1) 形態別分類

 原価要素の形態別分類とは、財務会計における費用の発生を基礎とする分類で、イ、材料費 ロ、労務費 ハ、経費に分けます。
 原価計算は、財務会計から原価に関するこの形態別分類による基礎資料を受け取り、これに基づいて原価を計算するのですから、この分類は、原価に関する基礎的分類であり、原価計算と財務会計との関連の上で重要であるといえます。

イ、材料費
 材料費とは、物品の消費によって生ずる原価をいい、次のように細分されます。
a,素材費または原料費(例;工具製造工場における鋼材、非鉄金属など)
b,買入部品費(例;買入金型、ベアリングなど)
c,燃料費(例;重油など)
d,工場消耗品費(例;軍手、機械油など)
e,消耗工具器具備品費(例;切削工具、机、椅子など)

ロ、労務費
 労務費とは、労働用役の消費によって生ずる原価をいい、次のように細分されます。
a,賃金(基本給、割増賃金)(例;工員の給与)
b,給料(例;技術職員、事務職員などの給与)
c,雑給(例;臨時工などの給与)
d,従業員賞与手当(例;賞与の月割額、家族手当など)
e,退職給与引当金繰入額
f,福利費(例;社会保険の事業主負担額)

ハ、経費
 経費とは、材料費、労務費以外の原価要素をいい、外注加工費・特許権使用料・減価償却費・棚卸減耗費・電力料などが含まれます。

(2) 機能別分類

 原価が、経営上のいかなる機能のために発生したかによる分類です。購買原価・製造原価・販売費・一般管理費・技術研究費・財務費に分けられます。
 製造原価要素は、機能別分類基準により、材料費は主要材料費と補助材料費・工場消耗品費などに、賃金は作業種類別直接賃金・間接作業賃金・手待賃金などに、経費は各部門の機能別経費に分類されます。

(3) 製品との関連における分類  製品との関連による分類とは、原価の発生が一定単位の製品の生成に関して直接的に認識されるかどうかの性質上の区別による分類で、イ、直接費とロ、間接費に分けられます。

イ、直接費
 直接費は、これを直接材料費・直接労務費・直接経費に分類し、さらに必要に応じて細分されます。

ロ、間接費
 間接費は、これを間接材料費・間接労務費・間接経費に分類し、さらに必要に応じて細分されます。

(4) 操業度との関連における分類

 生産設備を一定とした場合におけるその利用度である「操業度」の増減に対する原価発生の態様(cost behavior)による分類で、イ、固定費とロ、変動費とに分けられます。
 製造業に限らずあらゆる業態の企業にとって、現代的なテーマである変動予算の作成、損益分岐点分析、原価管理などのために、この分類はきわめて重要となっています。

イ、固定費(fixed costs)
 固定費とは、操業度の増減にかかわらず固定的に発生し、変化しない原価要素をいいます。
 ただし、生産量が増加すれば、増加した比率に応じて製品単位原価は減少し、生産量が減少すれば製品単位原価は増加します。
 例えば支払地代、支払家賃、火災保険料、減価償却費、給料などが挙げられます。



 総製造原価…Y=bとして表すことができます。

ロ、変動費(variable costs)
 変動費とは、操業度の増減に応じて比例的に増減する原価要素をいいます。
 ただし、変動費の製品単位原価は生産量の増減にかかわらず一定です。
 例えば直接材料費、出来高賃金などが挙げられます。



 総製造原価…Y=aX として表すことができます。

ハ、準固定費、準変動費、逓増費、逓減費
a,準固定費
 ある範囲内の操業度の変化では固定的であり、これを超えると急増し、再び固定化する原価要素を準固定費といい、監督者給料などが挙げられます。
b,準変動費
 操業度が零の場合にも一定額が発生し、同時に、操業度の増加に応じて比例的に増加する原価要素を準変動費といいます。電力費、水道料、電話料などが、このケースにあたります。
c,逓増費、逓減費
 その他、操業度の増減以上の比率で増減する原価要素を逓増費といい、また、操業度の増減以下の比率で増減する原価要素を逓減費といいます。

ニ、固変分解
 なお、準固定費、準変動費、逓増費および逓減費は、次のいずれかの方法により、固定費と変動費として取り扱うこととなっています。
a,これらは、固定費または変動費のいずれかであるとみなして、そのいずれかに帰属させます。
b,これらは、固定費と変動費との合成されたものであると解釈して、これを固定費の部分と変動費の部分とに分解します。
 このように固定費と変動費とに原価要素を分けることを「原価の固変分解」といい、費目別精査法・スキャッターチャート法・回帰分析法(最小自乗法)などの方法により分解することとなります。

(例題)
下記資料から、原価を固定費と変動費とに分解しなさい。
4月度の操業度は、10,000hで発生原価は30,000,000円
5月度の操業度は、15,000hで発生原価は40,000,000円であった。

(解答)
変動費率をx円/hとし、固定費をy円とする。
4月…10,000x+y=30,000,000  
5月…15,000x+y=40,000,000  
    −5,000x=−10,000,000
∴x= 2,000円/h
y=10,000,000円


第3章 直接原価計算Direct Costing

第1節 意義

 固定費と変動費の区別をしないで、全ての原価を製造原価として計算する方法を「全部原価計算」といい、変動費部分のみを製造原価(product cost)とする原価計算を「部分原価計算」、すなわち「直接原価計算」といいます。
 なお、直接原価計算においては、固定費部分は製造原価ではなく、期間原価(period cost)として取り扱うこととなります。

 直接原価計算によって、損益分岐点(break even point)における売上高や目標利益達成のための売上高を予測し、利益計画・予算編成に役立つ情報を提供できるようになりました。「損益分岐点分析」といわれています。
 この「損益分岐点分析」により、原価・営業量(売上)・利益の関係(cost-volume-profit relationships)の分析(CVP分析)が可能となりました。

*部分原価計算と直接原価計算…製造原価の対象範囲を部分的に限定して算出する原価計算を「部分原価計算」といい、そのひとつの有力な方法として「直接原価計算」を挙げることができます。
*CVP分析と損益分岐点分析…原価と営業量と利益についての相関関係を分析するのを「CVP分析」といい、そのひとつの有力な方法として、直接原価計算制度による「損益分岐点分析」を挙げることができます。

第2節 損益分岐点分析

例題
当社は、製品Aを製造販売している。
さて、本年度の予算原案をつぎの通り設定した。

製品一個あたり売価
¥300
本年度の製品計画販売量
10,000個
変動費予算
製品1個あたり直接材料費
¥45
直接労務費
¥35
変動製造間接費
¥30
変動販売費
¥10
合 計
¥120
固定費予算
年間固定製造間接費
¥600,000
固定販売費および一般管理費
¥300,000
合 計
¥900,000

設問1、上記の資料から、損益分岐点を求めなさい。

(解答)
売上高線 y=300x
総原価線 y=120x+900,000
したがって、この二つを連立方程式として、解けばよい。
180x=900,000
x=5,000個
y=1,500,000円
答え…5000個販売(売上高1,500,000円)の点が「損益分岐点」である。

グラフの書き方
まず、固定費線(青線)を表し、y切片900,000のところから、1個につき120円の変動費線(緑線)を書けば、これが「総原価線」となる。さらに、原点から、1個につき300円の売上高線(赤線)を引く。
問題文をすなおにグラフに表現すれば、以上のような手順となるのであるが、「損益分岐点分析図」の書き方は、以下のようになる。
まず、はじめに、原点から、1個につき120円の変動費線(草色)を描き、変動費線を900,000円(固定費)上方に平行移動させる(緑線)と、これが「総原価線」となる。
さらに、原点から、1個につき300円の売上高線(赤線)を引く。

この売上高線と変動費線にはさまれた部分(ピンク線)を「marginal profit(限界利益・貢献利益)」と呼ぶ。
 したがって、「損益分岐点」とは、<売上高=総原価>であるが、いいかえれば、<marginal profit(限界利益・貢献利益)=固定費>の点に、他ならないことがわかるであろう。
 因みに、売上高と変動費との関係から、変動費率を求めることができるであろう。すなわち、120÷300=0.4=40%
 marginal profit率(m率)は、0.6=60%である。
 このような比率関係をグラフに表現するならば、以下のようになる。
 まず、はじめに、原点から、45度線を引く、これが売上高線(赤色)である。
 つぎに、0.4の角度(変動費率)の線を描き、変動費線(草色)とする。
 変動費線を900,000円(固定費)上方に平行移動させる(緑線)と、これが「総原価線」となる。
(別解)
 この図から、m率0.6が、固定費を回収したところが「損益分岐点」であることが理解できると思う。
 したがって、900,000円÷(1-0.4)=1,500,000円として、求めることができる。

設問2、上記の資料から、目標利益300,000円を達成するための販売高を求めなさい。

(解答)
y=300x
y=120x+900,000+目標利益360,000
したがって、この二つを連立方程式として、解けばよい。
180x=1,260,000
x=7,000個
y=2,100,000円
答え…7000個販売(売上高2,100,000円)の点が目標利益達成である。

(別解)

(固定費900,000円+目標利益360,000)÷(1-0.4)=2,100,000円

損益分岐点を求める「公式」


変動費率=変動費/売上高

損益分岐点(B.E.P)=固定費÷(1−変動費率)

第3節 直接原価計算による「損益計算書」

前節の例題を「損益計算書」に表すと,以下のようになります。

設問1、基本計画を変更して販売量を20%増に設定した場合営業利益はいくらになりますか(販売量 12,000 個)

(解答)

 したがって、販売量を基本計画の20%増加した場合、営業利益は、1,260,000÷900,000=1.4…40%の増加となります。

設問2、
予算原案の販売量を20%増加に決定し、なお調査したところ経済事情の変化により材料費、労務費等の変動費率が10%の増加がやむおえないという結果になった。営業利益はいくらに修正されるか。

(解答)


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