第1編 序論

目  次

第1章 簿記学の特質

第2章 簿記とは

第3章 簿記の目的
第1節 備忘目的
第2節 訴訟目的
第3節 報告目的
第4節 内部管理目的
第5節 経営意思決定目的

第4章 簿記の種類
第1節 単式簿記
第2節 複式簿記
第1項 意義
第2項 商業簿記
第3項 工業簿記
第4項 サービス業簿記
−まとめ−

第5章 利害関係者

第6章 関係法規
第1節 会社法(商法・旧第2編)
第2節 証券取引法
第3節 企業会計原則・企業会計基準
第4節 税法
第5節 その他の法律


第1章 簿記学の特質

(1) 簿記は、累積的な学問である
(2) 簿記は、形式的な学問である
(3) 簿記は、技術的な学問である

 「簿記」を学ぶにあたって、先ずその学問的な特質を知っておきましょう。その特質として、次の3点を挙げることができるといわれています。

(1) まず、簿記学は、累積的な学問であるといえます。すなわち、基礎から順序よく勉強しなければ、前に進むことができない、基礎がしっかりしないままに進んでも、砂上の楼閣のごとく崩れてしまう、ということです。

(2) 次に、簿記学は、きわめて形式的な学問です。すなわち、約束ごとの多い学問です。約束ごと、つまりルールがあって、これを駆使してものごとを探求していく学問です。約束ごとの上に成立っているのですから、まず約束ごとを学び、そして「覚える」という作業が必要です。

(3) 簿記が、もっとも簿記らしい特質というのは、技術的な学問であることです。すなわち、簿記は「知る」学問ではなく、「できる」か否かが課題となります。「できる」というのは、ある限られた時間内に処理できるかどうかということがテーマとなっているはずです。技術ですから、修得することが必要です。結果、修得するために、「訓練する」ということが、重要視されるのです。こうした簿記の特徴から、『資格』を取得することが、しばしば勉強の目標となります。


第2章 簿記とは

簿記とは、ノートに記録すること

 古来、日本では「簿記」のことを『帳合 (チョウアイ)』と呼んでいました。
 日本に西洋の簿記を最初に紹介したのは、慶應大学の創始者である福沢諭吉で、彼が訳出した本は「帳合之法」となっていることはよく知られています。その後数多くの簿記書が訳出され、いつの頃から、帳合という言葉から「記簿」または「簿記」という言葉へと変遷していったようです。
 この「簿記」という言葉は、通説に従えば、『帳簿記入』の省略形であるといわれています。異説は、英語のBookーKeepingの省略によって造語された、としています。いずれであれ、帳簿記入とは、すなわち、「ノ―トに記録すること」である、といえます。
 さらに一言補足していうならば、「企業の経済活動をノ―トに記録すること」ということができます。そして、これこそが、簿記の本質です。


第3章 簿記の目的

 経済活動をノートに記録することが、「簿記」なのですが、何のために『記録』が必要なのでしょうか。その目的について、考えてみます。

第1節 備忘目的

 経済活動を記録することの第一段階は、歴史的にみると「債権・債務の記録」であったといわれています。お金の借り貸しは、忘れられやすい、また間違いも多いので記録の必要性が生まれました。すなわち、『備忘目的』が、記録=簿記のひとつの目的です。

第2節 訴訟目的

 第二段階(紀元前10〜8世紀)においても、記録の内容は「債権・債務」に関係しています。お金の借り貸しに伴う紛争は、今も昔も変わりがなく、紛争が起きれば裁判が開かれます。その時、正邪を決定するのは、証拠=記録の有無ではないでしょうか。
 簿記=記録することの目的の第二に、『訴訟目的』を挙げることができます。『備忘目的』としての記録は、私事すなわちメモ的な性質の範囲にとどまっていますが、『訴訟目的』としての記録は、他人の目にさらされることを意識する必要があります。すなわち、証拠として耐えうるような記録の客観性が重要になります。

第3節 報告目的

 さて、もっとも原初的な資本活動である「高利貸し」行為は、周知のごとくロ―マ・カソリック教会によって、背神行為としてきびしく禁じられたため、ヨ―ロッパにおける経済的発達は著しく阻害されました。いわゆる「暗黒の中世」と呼ばれていた時代です。この暗黒の中世は、皮肉にもロ―マ法王自らの指導による「十字軍の遠征」の失敗によって、法王やカソリック教会の権威は失墜し、崩壊していきました。この「十字軍の遠征(1096〜1291)」を契機として、東方諸国との人的交流がはじまり、それだけにとどまらず、コショウ・絹などの物産が、イタリアの諸都市を窓口にしてヨ―ロッパに流入しました。
 とりわけ「コショウ」はヨ―ロッパの食生活を一変させ、収益性ある「商業」が成立する基盤を提供しました。コショウを求めてヴェニスを中心とする北部イタリア諸都市国家の冒険家たちは、地中海に、東方に乗り出しました。地中海貿易・東方貿易の成立です。
 この地中海貿易に活躍したのは、資金力に乏しい冒険家による「個人企業」ではなく、コメンダ (Commenda)という組合企業でした。コメンダとは、貴族が匿名組合員として資金を提供し、冒険家が業務担当組合員として商業活動を行う組合企業です。
 コメンダの出現は、従来の「個人企業の会計記録」の方法・目的などを根本的に覆しました。すなわち、貴族と冒険家との関係は、「債権・債務」という金銭の貸借関係ではなく、「投資の関係」を出現させたのです。
 冒険家は、資金運用の受託者として財産管理の責任を負い、財産管理の状況ならびに運用を出資者である貴族に報告する義務が生じました。
 簿記の目的の第三に、『報告目的』を挙げることができます。
 このように12世紀から15世紀のイタリアの諸都市の商業活動から生まれた「簿記」は、現在の財務会計として、発展・整備されてきました。
 われわれが、これから学んでいこうとしている「簿記」は、この『外部報告目的』としての財務会計の簿記です。

 なお、1494年11月10日にイタリアのヴェニスで出版された僧侶ルカ・パチオリLuca Pacioli(1445-1514)の「算術、幾何、比及び比例全書 (Summa de Arithmetica , Geometria , Proportioni et Proportionalita , Venezia 1494.)」において、当時のヴェニスの商人たちが行っていた記帳方法が、世界最初の簿記書として、体系的に紹介されたのです。

第4節 内部管理目的

 15世紀〜16世紀に始まったエンクロジャ―(土地囲い込み運動)を契機として、資本の原始的蓄積を完了した資本主義は、18世紀に入ると、産業革命による新技術を駆使して、一挙に世界を席巻しはじめました。家内的手工業から工場制協働、そして工場制機械工業へと飛躍を遂げていきました。ここでは、消費されるために生産されるのではなく、販売し、利潤を獲得するために生産されるのです。
 その結果、製品がいくらの原価で製造されたのかが、問題として浮かびあがってきました。すなわち、「原価計算」の誕生です。
 当初、消費された原価の計算、つまり「価格計算」を目的として始まった原価計算は、消費されるべき原価の計算へと、その内容を質的に変化させていきます。具体的にいうと、いくらで製造されたかの計算ではなく、いくらで製造すべきなのかという目標設定の計算へと、そのテ―マを大きく変化させたのです。
 結果、製造工程に対するだけではなく、ひろく企業諸組織内部に対する『管理』が簿記の主たる目的となってきました。

第5節 経営意思決定目的

 過去および現在の数値を企業情報として提供することにより成立する「簿記」に、1945年以降、新しい課題が要求されるようになってきました。すなわち、(1)〜(4)までの諸目的が「過去ないし現在のデ―タ」であるのに対して、経営の意思決定に必要な将来の利益計画のデ―タを提供しようとする課題です。
 ここで用いられる武器は、直接原価計算を基礎とするCVP分析(損益分岐点分析)・LP(線形計画)などであり、ツ―ルとしてのEDP(コンピュ―タ)です。


第4章 簿記の種類

 簿記は、「単式簿記」と「複式簿記」とに大別されます。

第1節 単式簿記

 単式簿記は、経済的諸活動の結果のみを記録して、結果「財政状態」を明らかにすることができます。この簿記は、きわめて自然発生的な記録方法で、古今東西を問わず、いずれの地域でもいずれの時代でも記録された方法です。具体的な例としては、家計簿や大福帳が挙げられます。

第2節 複式簿記

第1項 意義

 複式簿記は、企業の経済活動を原因と結果の二側面から把握して記録する方法で、結果、企業の「経営成績」と「財政状態」を明らかにします。この簿記は、体系的・組織的な記録方法で、学問として成立しています。通常「簿記」を学ぶということは、複式簿記の考え方を学ぶことです。
 複式簿記というのは、簿記の考え方ないしは思想や姿勢といったもので、このまま生の形では説明することができません。

第2項 商業簿記

 そこで、複式簿記の考え方を、具体的な商業活動に適用して学ぶ簿記を「商業簿記」と呼ぶこととします。
 なお、商業活動は、一般的にG−W−G’で定式化されています。
 G−W、すなわちG(Geld 貨幣)をW(Ware 商品)に換え、さらにW−G’すなわち商品をより大きな貨幣(G’=G+g)に交換する活動が商業活動です。そして、このサイクルが拡大しながら繰り返されていきます。G−Wを「仕入」といい、W−G’を「売上」といいます。
 ここで「商品」とは、より大きな貨幣と交換されることを目的として取得されるものであって、そのもの固有の使い道に着目して取得されるものではありません。つまり、私たちは「読む」ために「本」を購入するのでしょうが、書籍店は「読む」ためではなく、「売る」ために「本=商品」を取得するのだといえます。

第3項 工業簿記

 また、工業活動に適用すると「工業簿記」と呼びます。
 工業活動は、G−W…Pm&A…【P】…W’−G’と定式化されています。
 すなわち、まず最初に保有しているG(Geld 貨幣)をW(Ware 商品)に換えるのですが、この商品の一つはPm(Produktions Material 生産手段)で、いま一つはA(Arbeit Kraft 労働力)と呼ばれる商品です。すなわち、例えば」材木と鋸」という生産手段と工員を雇い、次にこれらを【P】(Produktion 生産過程)に投入します。結果、新たなるW’(Ware 製品)として「机」ができあがるのです。この完成した製品を最終的にはG’(=G+g より大きな貨幣)と交換することによってひとつの工業活動は完了し、新たな交換過程へと連続的に展開していきます。このようなプロセスを記録するのが「工業簿記」です。
 ここで最初のG−Wおよび最終のW’−G’の部分は、商業活動における仕入・売上活動に酷似しており、一般に「外部取引」と呼ばれています。したがって商業簿記におけるところの会計処理とおおむね同じです。最初に購入された商品である生産手段と労働力が、製品に姿形を変える過程である【P】と表される部分は「内部取引」と呼ばれ、この記録方法こそが工業簿記を特徴づけているといえます。
 「工業簿記」は、さらにこの生産過程における財貨と用役の消費と価値移転を計算する「原価計算」が必要です。

第4項 サービス業簿記

 サービス業に適用される複式簿記の代表例は銀行簿記であり、サービス業は、G−G’と定式化されています。
 通常、複式簿記の学習にあっては、「商業簿記」と「工業簿記」を取り上げ、その活動がきわめてシンプルであるサービス業の記帳方法は、推して知るべしということで割愛されることが多いように思われます。

 以上の「簿記」のほか、各業種業態ごとに「××簿記」が成立しています。例えば、「農業簿記」「林業簿記」「建設業簿記」などですが、いずれも「複式簿記」という共通の考え方によって総括され、かつ上記の三種類の簿記を応用することによって、より容易に修得されるはずです。


第5章 利害関係者

 簿記は、外部の利害関係者にその経営成績と財政状態につき「報告」をする目的で、日々の活動を記録するのですが、あらためて『外部の利害関係者』とは誰を指すのかを考えてみましょう。

 まず第一番目の利害関係者は、歴史的にみても出資者(株主etc)です。
 二人目として債権者(銀行etc)が挙げられます。
 前者は経営成績に、後者は財政状態に、その主な関心があります。

 第三番目は国(税務署etc)、第四番目は従業員(労働組合etc)を挙げることができます。
 第五番目は、1970年代以降いわゆる公害問題を契機として突出してきた、新しい利害関係者です。すなわち市民(地域住民etc)と呼ばれる人々です。企業活動が私的な領域に止まらず、社会に対して深い影響を及ぼしている現実があります。

 このように企業情報は、あらゆる階層に必要とされ、この企業情報は「簿記」によってもたらされています。言葉を代えていえば、あらゆる人々が「簿記」の仕組みを理解し、企業情報を読み取る力を備えなければならない時代がやってきているといえます。


第6章 関係法規

 ここで、「簿記」に関係する法規を列挙しておきます。

第1節 会社法

 まず第一番目は、会社法が挙げられます。基本六法である「商法」の旧第2編「会社」規定を廃止、会社に関係する部分を切り出して、新たに「会社法」として平成18年5月から施行されました。これに基づく「会社計算規則《※「株式会社の貸借対照表、損益計算書、営業報告書及び附属明細書に関する規則【計算書類規則】は廃止》(法務省令)」は、全ての企業が従わなければならない基本的な法規といえます。

第2節 証券取引法

 第二は、証券取引法が挙げられます。この法律に基づき「財務諸表規則(内閣府令/旧大蔵省令)」が出されています。資本金が5億円以上の企業が従わなければならない法規です。

第3節 企業会計原則・企業会計基準

 これらの法律の解釈や運用にあたっては、『企業会計原則』(旧大蔵省:企業会計審議会報告)が、その指針として尊重されなければならないとされてきました。さらに、2001年に設立された財団法人財務会計基準機構内の企業会計基準委員会(ASBJ、Accounting Standards Board of Japan)によって公表される「企業会計基準」がその役割を継承しています。
 会社法第431条「株式会社の会計は、一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従うものとする」とある『一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行』とは、この企業会計原則および企業会計基準を指すものとされています。
 またこれを受けて、会社計算規則第3条「この省令の用語の解釈及び規定の適用に関しては、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準その他の企業会計の慣行をしん酌しなければならない」とより具体的な斟酌規定を設けています。
 また、証券取引法でも、第193条に同じような斟酌規定を設けています。より具体的には財務諸表等規則の第1条第1項において、同じように「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に従うものとする」という規定が設けられています。

第4節 税法

 また実務においては、強行法規である「法人税法」(株式会社の場合)や「所得税法」(個人企業の場合)の諸規定は、当然に考慮されなければなりません。

第5節 その他の法律

 その他、企業の経済活動をスム―ズに理解するために、民法・利息制限法・不動産登記法・商業登記法・手形法・小切手法・消費税法・印紙税法・租税特別措置法および労働関係法令や社会保険に関する法律などは、一度は、目を通しておく必要のある法律です。


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